待
っ
て
い
て
く
れ
な
い
か
「非常に奇妙な治癒術ですね」 ベルケンドに強制輸送(アルビオールに押し込まれて来たからには『輸送』がぴったりだった)され、 何をされるかと思えば精密検査。顔見知りのシュウ医師の口から出たのは、ジェイドも言ったその言葉。 そんな事はもう聞いたんだけど? 「第七音素による治癒術には違いないのですが… 普通治癒術というものは、 体に作用して自己治癒能力を一時的に活発にし、傷を治すというものです。要するに身体の時間を 早送りする術なんですよ」 「…やっぱりよくわからないんだが、それで?」 「ガイさんに施された治癒術は…簡単に言うと、巻戻し、です」 「巻戻し、ですか」 「怪我をする前の時間に、体が戻されているんです。そしてその時間軸が固定されている…が、意識や記憶の 時間的な後退は見られないようです。非常に奇妙だ」 「まぁ、それではガイの体の時間が止まっているという事ではありませんの?」 「それも見られないようです」 「…本当におかしいわね。ダアト式譜術などではないのかしら」 「それってぇー、あのエデンって子がしたってことー?」 「彼は自分で否定していましたよ。どうしてあんな事になったのかわからない、だそうです」 「……それはいいとして」 ガイは寝台に座ったままだが。 「なんで皆いるんだよ。まるで俺が子供みたいじゃないか」 皆、きれいにガイを囲んでいた。「非常に興味深かったものですから」「心配ですもの」 「そうよ。心配したのよ」「でも元気で良かったねぇー」ジェイド、ナタリア、ティア、アニスの順。 あの時のルークの気持ちがなんとなくわかった気がした。 「大体ジェイドとかナタリアはここに居ていいのか」 「そうですわね。一段落しましたし、貴方も良くなったようですし。 私はこのままバチカルに戻りますわ」 「あっ戻っちゃうの?なら私も一回ダアトに行かなきゃなぁー、報告しなくちゃ」 「私も、お祖父様にご報告をしなくちゃいけないわね」 「ではアルビオールで順次降ろしてもらうという事にしますか」 「ええ、それがいいですわね」 皆、もう別れてしまうのか。そう思うとやはり少し寂しい思いが浮かぶ。 シュウに礼を言い、外に出て、歩いて、アルビオールに乗って、 いつまで経っても作業的。 栄光の大地でのあの気分に似ていた。かなり状況も何もかも違えど、この感情は 同じ部分または同じ成分で出来ているのではなかろうか。 全員にちゃんと寝ろよと言われ、いい加減逆に気が滅入ってしまった。 バチカルでナタリアを降ろし、ダアトでティアとアニスを降ろし、寂しく男二人。ノエルがいるが、操縦席は遠い。 「…そういえば、エデンは」 「ん?」 いきなりあの彼の話題になり、虚を突かれる。アルビオールの機動音だけを聞き、声というものは その時皆無に等しかった。「エデンは、」ともう一度、ジェイド。 「貴方の名前に反応しましたね」 「ああ、そうだったな。耳聞こえないって言ってたのにな」 「…知っていたのかもしれませんね。貴方の声が届いたのかもしれません」 「どういう意味だ、それ」 「…彼はシンクとは違います。貴方の声が、届くんですね」 「……ああ、そういう、事か…」 届く訳だ。 何も届かなかった彼と違い、届く。 「…雨だ」 「おや、本当ですね」 窓には水の粒が多量に付着していた。それがどんどんと増えていく。 「この強さでは到着時間が遅れます」 「大丈夫でしょう、ノエル。この雨ならすぐに止みそうです。確かに強い雨ですが― 驟雨、という奴ですね」 「了解。速度を保ったまま飛行します」 「……驟雨、か」 ガイが呟いた。 降り止まなければ良い。 そして世界をそのものを鏡にしてしまえばいい。 綺麗な澱み空を映す、 鏡にしてしまえばいいのに。 ああ、止んでしまった。 ホドの方向を仰ぎ見る。 世界は鏡になどならないのだと、思いを馳せながら、 機体に揺られながら、久しぶりに、あまりにも安らかに。 眠った。 |