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大
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渡
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処
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外は雨が降っている。全てが水に濡れるグランコクマはまるで空を映す鏡。 灰色に光る鈍い宮殿下の街。時計は四時前。太陽は隠されている。 「おかえり、ガイラルディア」 アルビオールの中で思いっきり眠りこけ、まだ寝足りない、と寝ようと寝室へ来たのだが、すでに先客。 「…陛下、俺、寝たいんですけど…」「なに、寝たいだと!?よし、寝ろ!添い寝してやる」 そういう事じゃなくて。ガイの突っ込みは虚しく心の中だけで響く。ピオニーはすでにベッドに潜り込み、 半分ほど占めたところで、ぱんぱんと招くように布団を叩く。「早く来い」うざい。言えたらどんなに良いか。 仕方なしに少し眉を寄せつつもその手の方へ入り、顔を合わせるのは恥ずかしいものだから背を向ける。 こうするときっと彼は手を回して来るだろう、そう思ったが「おい、こっちを向け」気紛れか。 「…眠りたいんです。眠い」 「そりゃいいことだ」 気紛れでも相手は皇帝。言われたら従うしかなく、ピオニーの顔の方へ向くが、流石に目は 合わせられず、首の辺りを見ておく事にした。するとやっと手が回ってきて、後ろの首筋から柔らかく 包む。手の温かさが心地よかった。 「体は大丈夫なのか」 「…大丈夫、でしたよ」 「そうか。良かったな」 ピオニーの手が、まだ優しく温かい。 「雨に降られたんじゃないのか」 「そうですね…すぐ、止みました、けど」 「そうか」 「…………」 「……………」 「……………」 「………………」 「……………………陛下」 「うん?」 「……俺が寝るまで、起きてて、くれますか」 「………今日のお前は可愛いな?構わんぞ。昼寝しといて正解だった」 こんな日も久しぶりだから、甘えたいのかもな。ガイが頭で思ったが、口に出すのは面倒だった。 何より暖かかったから、口に出す前に意識が虚ろになってしまった。 時間は、五時半。 「おや、これはまた久しぶりに見ましたね、こんな画面を」 「…ジェイドか。静かにしろよ」 「わかっていますよ」 ピオニーはなるべくガイを動かさないよう、ゆっくりとベッドから出、規則正しい寝息を立てるガイの額に キスを落とす。「情熱的ですねぇ」ジェイドがまるで興味も無さそうに言う、ピオニーとしてはそれが妙に笑えてしまう。 わざとそう装っているのが、長年の付き合いというもののお陰でわかるからだ。 「ガイラルディアは本当に大丈夫なのか」 「はい、私が見てもおかしい所は特に何も。心配性ですね」 「ならいい」 ジェイドが言うのだから、という風にあからさまに安心した様を見、ジェイドもまた妙に笑えてくる。 長年の付き合いというやつだ。 「あの、エデンという者は?」 「軍と司法取引を交わしました。マルクト軍にその知恵と力を貸す代わり、塀の中での拘束は無しという事に。まぁ自由には させませんけどね」 「…よく了承させたな、あの頭の固い連中に…」 「『イオン様』のレプリカだったので、どうにでもなったんですよ。彼が行動する時は私も同行する事になりましたがね」 「安心できねえなァ」 「心外ですねぇ」 残党も皆捕獲できましたよ、と締めくくった。 外はまだ雨が降っている。 時間は、八時半。 「ガイラルディア。起きろ。飯を食おう」 「………一人で食って下さい…」 「何を言うか。せっかく居るんだし一緒に食いたいだろうが」 寂しいだろうがなどと言うが、ガイにしてみれば眠いんだから寝させてくれ状態。だがそれにしたって腹は減った。 そういえばまともに昼も食っていない。そのまま降りてすぐ眠った訳だし当たり前か、思ったと思えばすでに 上半身は起きていた。 窓を見るともう日はとっぷりと暮れ、だがまだ雨音は終わらない。水音じゃなくて雨音。 うーんと唸ると「先に行くぞ」と聞こえ、腹減ってるのかな陛下などと思い、もう一度窓を見る。 と、 「うわっ」 その窓が何かを吐き出した。それがうまいこと目の辺りにヒットし、思わぬ痛みに小さくとも悲鳴を上げてしまった。 窓が吐き出した、というか、投げ込まれたんだ。なんだこれ?紙?くしゃくしゃに丸められた紙。雨のせいで 少し濡れている。 「…投げ文…?」 よく見なくても字が書いてある事がわかった。がさりと開き、虚ろに文字を追おうとするが、はっとして 窓の方へ走り、投げてきた誰かが居る事を期待してその先を目で捜す。 居た。 彼だ。 後ろ姿だった。 雨に降られながらも足取りは普通に、歩いていく。 何の未練も無さそうだった。 声は掛けないでおいた。それよりも紙に書いてある字の方が気になったからだ。 さっき投げ出してしまった紙を拾って字を追う。 「……うわ… はは、何だ、これ」 伸ばして字を読んでみた途端、出た感想。 「…下手だなぁ、字」 読めやしない、と呟き、軽くたたみ、ポケットへ入れる。 「…遅いぞガイラルディア」 「あ、陛下…」 ピオニーがしびれをきらしたか、一度行った筈だが戻ってきた。 「…陛下、俺は」 「ん?」 「……もう信じないでおこうと、思います」 「そうか」 「…待ちたい、と思います」 「……そうか」 外はまだ、雨が降っている。 このまま降り続いて、空と地面を繋ぎ止めておいて欲しい。 時計は、九時。 「…雨、 止まなきゃ、いいのにな」 つまりそれは この夜が終わらなければいいとか 次の朝が来なければいいとか 明日なんか来なければいいとか 太陽なんて昇らなければいいとか。 (なんて綺麗な絵空事。) 「そうですね」 外はまだ、雨が降っている。 「止まなきゃいいですね」 外は、まだ。 |