堕ちて、しまった。















ああ吐き気がする。一番見たくないのに、こんなもの。




「ガイ!ティア!」

 いつも凍てついている彼の、ジェイドの声だった。

「呆けていないで追いなさい!」
 ガイに向けられた言葉。言われて気付くと、『彼』は分が悪いと思ったか、宮殿の中へ入って行ったところだった。


 迷っていられない。


 とにかく走った。 だけど彼を追えているのかわからないような妙な気分だ。右足がいらないような感覚だ。訳がわからない。 どうして冷静に彼を追えるのかが、わからない。






「陛下、生きてますか」
「…死ぬ前に俺の可愛いネフリーを抱かせてくれ……」
「アニス!陛下の遺言です!ブウサギを持」
「縁起でもありませんわ!助かりますわよ!」

 右肩の下あたりを貫通され、出血こそ酷かったが、 ティアの応急治癒とナタリアの力によりほとんど持ち直していた。

「…先程の彼がリーダー、ですか…あれは二人がかりでも難しい相手ですね」
「ええ、俊敏な動きをするフォニマーで…動きを捕えきれなかった」

 私たちが来ても形勢は微妙だったでしょう、ジェイドが呟いた。

「…ルークじゃありません」
「ええ、当たり前です。譜術応用の格闘など、彼ができるはずもない」
「疑いが晴れて良かったですわ」

 ナタリアがピオニーの背に手を寄せ起き上がらせる。 そのピオニーはまるで死にかけた事など忘れたように、冷静さをそのまま表情に出していた。

「…だがジェイド。あの者は」
「…ええ」
「……そんな、そんなの、余計に信じたくありません!やめてください!」

 何かを察した、否、元から感づいていたのだろう。ティアは柄にもなく叫んでしまうが、そうしたくもなる。


「…ジェイド、ティア。何を言っていますの」
「……先程の彼は、譜術応用の格闘で戦っていました。それもかなり特殊な譜術です。 恐らく使えるのはこの世で彼と、あとただ一人だけでしょう」


 ジェイドの冷静で残酷な言葉がまるで地面に突き刺さる。




「…誰が、誰が使えますの」


 諦めた。口を開いた。ティアだった。












「フローリアン」












 謁見の間だった。玉座の前だった。






 フードは、取れていた。


 こんなの嘘だ。
 そうじゃなかったら、悲しすぎるだろう。

 世界を愛し、世界の為に生き、ひとの為に道を示し、ひとの為に死んだ、彼。




 不思議にも、優しい彼は思い浮かばず、

 あの悲しい言葉を思い出す。








『無いよ』








 悲しい彼を












『僕は空っぽだ』












 思い出す。






「………シンク……?」






 ああ




(右腕が疼く)






 ああ、






(空が墜ちて来たみたいだ)





 墜ちて来た。けどそれは確かに優しい、けど悲しかった彼の顔で。




ただ一つ違うのは、


彼が、

燃えるような、赤い、髪で。

(まるであいつを彷彿とさせる)




「……お前、 誰、なんだよ…」








 まるで、悲しい、シンクと同じ。


 空っぽじゃないか。





結晶が天から堕ちた。



I / R / 結晶 / 仄光る孔