此
処
に
残
し
て
お
く
か
ら
夢を見た。 と言っても眠ってなどいない。今は太陽も高い昼間で、グランコクマの宮殿に向かって街中を歩いている。 白昼夢、と口で言う。言った後で、ああ白昼夢か、と頭が納得した。 「重傷ですねぇ、ガイ」 首の後ろあたりから更に、白昼夢ですか、とはジェイド。どうやらこの男には独り言も筒抜けらしい。 地獄耳かよと心で思い、口では言わずに置く。 高く上がっている太陽を見ると、内容など吹っ飛んでしまったが、何かを覚えている。 あの太陽―というか、空が、落ちてきたような、そんな感覚を覚えている。空に押し潰されるような、そんな 残酷でこの上なく優しいもの。 なんて綺麗な絵空事。 奇妙にもそんな事を思いついた。 「戻ってきてくれて助かった」 いつもの戯けた調子など忘れ去っているような顔。私室ではなく謁見の間に呼ばれ、「皇帝」として彼に接するのは 久しぶりだった。 「数日前からグランコクマに潜伏してるらしい、ロルカ、と言ったか」 はぁー、と項垂れ、危ないよなァとジェイドに目配せをする。しかし何故、動向の知れない彼らの 動きを掴む事が出来たのか。ナタリアが聞こうとしたところを先にティアが出る。 「恐れながら、何故陛下はそれをご存じなのでしょうか?」 「投げ文があってな。見せてやれ」 傍に控えていた兵士に顎で合図をすると、くしゃくしゃになっていたらしいそれを伸ばした紙を渡される。 「…『グランコクマ内にロルカ潜伏。気をつけられたし』。…ふむ」 「それ、信じられるのか?」 「……投げ文、という事は、それを知った人物が直接言う事ができないのでしょう。公式に取り次ぐ事も できないか、まぁ面倒だったのか。それよりまぁ、信じてもらって構わないと思いますがね」 「…それにしても、下手な字だなぁ」 いらない事にガイが気付くが、以前ナタリアが寄越した、走り書きの手紙よりも下手であると、簡単にわかる。 「ええ、…下手ですね」 ジェイドは薄く小さく、微笑んでいた。 そしてもう一度「下手ですよねぇ」と呟く。 「そんな事より、街はどうですか。何かありましたか」 「変わった事は何もない。何かやっているならよほど手際の良い奴らだ」 それかあまりに目撃情報が無い為、催眠術でも使えるのか、などとも考えてみたらしい。 「……何だか本当に、嫌な感じだわ」 外は晴天だった。 雲も無い。 ―まるで落ちて来そうな、青い青い、空だった。 彼は、まだ。 グランコクマに居た。 彼はずっとグランコクマで待っていた。役者が揃うのを。相変わらずフードで自分を隠したままだった。 彼の仲間が彼に小さな箱を投げ、それを受け取る。マッチだった。一本取り出し、軽く火を点ける。一瞬強く燃え上がる 瞬間が好きだった。それを見やり、 投げ捨てた、否。 火を放った。 その豪勢な爆発音。 その音は、簡単に、宮殿まで届いた。 「えっ…爆発!?」 「港の方ですわ!行きますわよ!」 アニスが緊張し、ナタリアが弓を携えた。その間にもドォン、と 二撃、三撃と爆発音は続く。宮殿外の襲撃は久しぶりだった。大抵ピオニーそのものを狙って来たからだ。 「ガイ、ティア!残ってピオニー陛下の護衛をお願いします!」 「わかった!」 「わかりました!」 言うとアニスとナタリアを追い、ジェイドも謁見の間を後にする。ナタリアの言った通り、確かに港の方からのようだ。 宮殿から出ると、独特の臭いがする。―人の焼けた臭いが。 青く美しい街の一角が灰と赤に染まり、火の粉を浴びた家屋が火事となってしまっていた。 ロルカの襲撃、だろうが、彼らの襲撃は、居住を狙ったものは無いに等しかった。 「…となるとやはり…」 ジェイドが一瞬思う内に、後ろに居たナタリアが倒れていた少女に駆け寄る。しっかりなさい、と治癒術をかける。 その一瞬だった。 「まずい!ナタリア、退きなさい!」 「えっ?」 治癒術をかけた、その相手が。倒れていた少女が、 爆発、した。 「…あ、ナタリア、大佐!大丈夫ですかぁー!?」 更に後方にいたアニスが、その様を目撃していた。助けになど入れなかった。だがその一瞬でジェイドは ナタリアを思いっきり引き寄せたのか、軽い怪我しかしていないようだった。 「…なんとか無事ですが、このような子供が、工作員、とは…」 「し、信じられ、ません わ…こんな…」 酷すぎる。 呻くようにナタリアが、泣きそうになりながら。 ジェイドもまた、酷い吐き気がしていた。 しかしそんな事よりもやらねばならない事があった。 普通居住を狙わないロルカが、わざわざこんな所で。 陽動しかあるまい。戻らねば、ピオニーが危険だった。 「…戻りますよ、ピオニー陛下が危険です」 「ですが、他の人たちを助けなければ!」 「これ以上は恐らくありません」 「…わかりましたわ」 また音がした、信じられない程近くで。宮殿の中庭あたりらしい。崩れはしないようだが。 「…これも陽動かもな…だが仕方ない、外へ出る」 「…わかりました」 どうにもガイとしては相手の手の平で躍らされているようで気が晴れない。ティアも同じ気分だった。 外に出たら何かが墜ちてきそう。墜ちて来るはずもないものが。 そして、彼は。 彼は、待っていた。 青い青い宮殿の前。 いつものようにフードを取らないままで、ただ。待っていた。 「………ッあ…、」 宮殿前の広場だった。 誰もいない。ただ一人を除いては。 フ−ド被った、恐らく男。そこまで高くない背丈。例の、とガイが思い立ち、不意に意味のない声が漏れた。 その一瞬のうちにティアは彼に向かって行っていた。 彼は微動だにしないが、それは驚きがなかっただけであった。 「あっ!?」 「ティア!」 彼は実に無駄の無い動きでティアの獲物であるナイフの側面、 つまりティアの手を殴り飛ばし、次いで逆手に携えていた杖をも足で踏み付け、彼女に正拳を 見舞うが、彼女はとっさに後ろに飛び退く。そのお陰ですっかり丸腰となったティアに背を向け、ガイに向き直す。 「…聖なる槍よ、敵を貫け。ホーリーランス!」 短縮された詠唱でも充分な威力であろう。光の槍が彼を囲み、慈悲も無く彼への攻撃となる。 中心に槍が全て刺さったのを確認し、ガイは更に追い撃ちをと剣を抜き走り出す。 迷えるか。 迷う暇などない。 それを頭で何度も繰り返し、歯を食いしばり、譜術を食らったであろう彼へ狙いを定める。 しかし、 居なかった。 譜術の効果で現れた陣の中にも彼は居ない。 「ガイラルディア!」 「…ッ!」 ピオニーの声で彼が自分の背後に居た事に気付き、とっさに剣を薙ぐ。苦し紛れに出た攻撃で、当たる筈もない。 だが当たった。彼の姿に。その『姿』は掻き消える。 「…譜術で作ったダミーよ!本体は!?」 ティアが叫ぶ。 その瞬間、確かに。 『こっちだよ』 声が、響いた。 何処に、と言えば、 脳内。 脳髄に直接響くような。鼓膜が無理矢理震動させられたような。 いずれにしろ声ではない。だが、声だった。 お陰で方向がわかる。 視線を巡らせた、その先。 ―あの言葉を、 思い出した。 『 マルクトは 最後の玉座を 血で 染める 』 鮮血が舞っていた。 晴天の空。 青い、水の都、 青い青いその中に、 真っ赤な 鮮血が。 彼の、譜力が籠もった手刀が貫き、まるで物のような音を立てて、地面に落ちて行った、その人。 「…陛下」 叫ぶ気力も 駆け寄る気力も 泣く気力も 失せ果てた。 |