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貴
方
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初めて見た。夜の闇になってしまっている彼を。ショックとかそんなものじゃないだろう。 ただ信じたくないだけ、でも信じていたいだけ。どうしたらいいのかわからなくて眠れない。 まるで琥珀の中に居るよう。周りに押し込められているのか、知れないが。 結局、渓谷での調査は無駄に終わった。誰かが来た形跡はあっても、何も残っていなかった。 だが確かに、ホドがよく見える場所。そこに、形跡があった。砂が新しく動いてあったから。 きっと彼はそこからホドを見渡したに違いない。 しかたなしにジェイドとガイがグランコクマへ帰る、と言えば、ナタリアとアニスまでも共に行くという。 またこのメンバーでの移動になる。…となればあの飛行艇があった方が都合が良い。 なのでそれがあるシェリダンに行ったは良いものの、彼女の協力を仰がねばならない。 これからロルカを追うというのなら、また引っ張りだこにしてしまう訳だから、安易にはそう言えない、が。 「いつ来て下さるかと待っていたんですよ」 ノエルは野暮だと言わんばかりに、自分たちが来た途端に「アルビオールですね」と言い、更にそう続けたのだ。 「では、また引っ張り回させて頂きますが?」 「ええ、勿論です。どこにでも飛ばしますよ」 「それは良かった。では早速グランコクマまでお願いしますよ」 厚顔ですわねぇ、とはナタリア。彼の明け透けにぬけぬけとした態度はずっと変わらないものであった。 「何度も聞くけどナタリア、貴方のお父様は大丈夫なの?」 「大丈夫だとは思いますわ。 オラクル騎士団のアニスのご友人の方が、護衛についておりますし」 口ぶりから推察するに、あまりこの事に長い時間をかける気はないようだ。確かに早くに片づけねばならない。 グランコクマに戻るのは、丸腰に近いピオニーのことが気がかりだったからだ。 彼にもオラクルの護衛がついているのだが、あまり信用できたものではない。 「ガイ、そろそろ行くってさ〜!」 「ああ、わかった」 「え?」 「え、ってなんだよ、わかったって」 アニスは、ガイが返事をしたことに驚いていたようだった。 それはつまりどういう事かと言うと、 「…ティアが譜歌詠って、寝させたって言ってたのに!なんで起きてるのー!」 こういう事だった。 しかも何をやっているのかよく見れば、また何かしら音機関をいじくっている。シェリダンに来て することはそれしかないのか、とアニスは内心で落胆しつつ、口では彼を叱りつけた。 「い、いやぁ…芳ばしい匂いがするものだから、はは…」 「この!音機関フェチ!キモイんだよ!バーカ!行くぞコラ!」 「うわあああやめてくれええ!!」 叱りつけるというか、素が出ている。しかしそれも一応は心配の裏返しなのだ。 それでも「音機関の匂いってなんだよ!気色悪!」とまだ言いながらガイを引きずる。 思いっきり女性に触られているため自分で歩けるとも言えず、まさに引きずられた状態である。 大体何故寝ていないのか。 アニスは昨日見ていた、まるで月に心を盗まれたかのような、ガイを。 だからさっき譜歌で眠らせたと聞いて安心していたのに、さっきなんて数分前なのに、だからトクナガで担いで いってあげようと思っていたのに。 「もう、…ほんともう、ガイのバカっ!」 「わかったから離してくれえええええ!!」 ずるりずるりと音を立てて引きずられ、アルビオールに乗り込むと、やはりそこでも。 「あら、アニス…まぁガイ!どうして眠っておりませんの!」 「……呆れたわね……」 「いい加減にしないと永眠させますよ?」 「何がだ!」 永眠できるならしてしまいたいなんて言ったら、優しい彼らはどう言うだろうか。 それこそ本当に死ぬ思いをさせられるんじゃないか。それこそ本当に 殴ってメテオ降らせてグランドクロスで、「死ぬな」なんて 言うんだろうか。(なんて残酷なんだろう、俺も皆も世界も) 「グランコクマに向かいますか」 もう一度譜歌を詠いますか、いやもうしょうがないでしょう、などと語り合っている狭間に、ノエルの声が 入る。 「ええ、お願いします。その後はティファレトに向かうつもりです」 「ティファレトですね、わかりました」 入って来た声にすぐにジェイドが返事をし、ついでに次の指示も出したが、他の皆は皆してどうしてティファレト、 という顔をしている。 ティファレトはもう一つのレプリカの街。ベルケンドとバチカルの間に作られている。 「大佐ぁー、何でティファレトなんですかぁ?」 「イェソドールの方に調査を集中させていたので、実はティファレトはお座なりだったんです。 ロルカのリーダーについての情報が漏れたこの際ですから、もう一度きっちりとしておくべきかと思いましてね」 職務怠慢ですわね。ティファレトはイェソドールより規模が大きいですから、面倒だったんですよ〜。…職務怠慢ですわね。 ジェイドは別に手を抜いた訳ではない、それはナタリアもわかっていた。 ティファレトの住民代表は、イェソドールのそれ、オブコニカよりも頑なに調査に反対した。 その為に大袈裟に動く事が出来なかったのだ。それでも確かに何も無かった。何も無かったのだが、それは もう数ヶ月前の事となる。 「ピオニー陛下に勅命状を頂いちゃいましょう」 「いいのかよ、それ」 「使える駒は何でも動かすべきですからね」 「(ピオニー陛下を駒扱い…)」 話していたガイだけでなく、ジェイド以外の全員が思った事だった。 「では、グランコクマへ向かいます。アルビオール発進」 ノエルの言葉の後、久しい浮遊感に身を任せる。 空を裂いて開いていく。 月が昇る方向へ。水の音が鳴りやまない都へ飛ぶ。 |