きっともう何にも届かないのだ。信じて歩こうと決めたのに、本当に怖いんだろう。 どうしても受け入れきれない何かがあって、跡切れさせたくなくて。いつの間にか私も、夜が怖くなった。 彼がずっと闇を見ているのかと思うと、すぐにでも駆けつけて詠ってあげたい。 彼が安心して眠れるまで、ずっと詠ってあげたい。どこかに居る彼の為でもあるから。













「ナタリア! 大佐たち来たよー!」
「まぁ、なんて遅いんでしょうか。待ちくたびれましたわ」


 ナタリアとアニスは、すでにホドがよく見える場所に移動していた。
 そこから待っていた彼らの姿が見えた訳だ。このメンバーが揃うのは久しぶりだった。 顔を合わす事は何度もあったが、揃うのは久しぶりなのだ。

 待ちくたびれたと言っても、ナタリアは寸分も起こってなどいない。早く話したかったのだ。彼が生きているかも しれないと。ここに来ていたらしいと。ジェイドへの手紙には、生きているかもしれないとしか書いていない。


 咲き乱れるセレニアの花を踏み、彼らが同時に近付いていく。満月だった。暈が綺麗に淡く光る。 深い青に渓谷は染まっている。



「たーいさー!ティアー!ガイー!ひっさしぶー…………り?」
「……どうかなさいまして?三人とも…」

 訝しむのも無理はなかった。

 ナタリアとアニスとしては、生きているかもしれない彼についてを早く、 だが。
 ジェイドとティアとしては、その話題はなんとしても避けたかった、その態度が顕著に出ていたせいだった。 目は泳ぐわ、ここに居る事が場違いであるような、そんな態度。問うのも無理はない。


 ガイは。




「久しぶりだな、アニス、ナタリア」


 溜息を吐いたのは、ジェイドとティア。


「うんー、ひさしぶり〜だけど…ガイ〜」
「ジェイドから手紙を頂きましたのよ。貴方、大丈夫なんですの?」
「なんだよ…一国の姫君にそんな事を密告するかな、旦那」

 チラッと書いただけですよ、とは言うが、もう伝わっているのだから仕方がない。 それでもガイの存外元気そうな姿に、ナタリアとアニスの二人とも驚いていた。 もっと酷い状態を想像していたらしい。

 手紙と言えば、とナタリアが手を叩く。

「ジェイド。オブコニカは手紙を渡して下さいましたよね」
「ええ、頂きましたが」
「ではどうして喜びませんの?その人はここにも来たようですわ」
「そうですか。ではここ一帯を調査しましょう」

 あまりにも突拍子の無い、ジェイドの台詞に。

「えっ?」
「どーいうことですかぁ大佐ー?」

 二人は勿論の事、驚きを隠さなかった。それに答えるようにティアが口を開いた。

「…フードで顔を隠していた人、でしょう。レプリカかもしれなくて、…赤い髪、らしいわ」
「それではその人は」


 ルークではないのですか。

 ナタリアはきっとこう言おうとしたが。
 聞く準備も出来ないままに聞きたくない。
 深夜に溶けていた時の表情と同じ、ガイが、そこに居た。








「ルークではありません」








 真実と。
 正義と、正論と。
 事実と、結論しか、言わない彼が。


「…ジェイド?」
「……ナタリア。その人は、ロルカのリーダー、かもしれないの」

 ティアの説明に、え、と声を上げる。アニスもそれに食い付いた。どういうこと?

「どうもこうも、ロルカのリーダーかもしれないので、その彼はルークではありませんよ」


 残念でした、といつもの調子で彼が言う。それにはティアが特に驚いていた。真実と、正義と、正論と、事実と、 結論。それしか言わない彼が、はっきりと、断言したのだ。

 信じたいのだ。
 彼も。


 信じていたいのだ。






「…そうでしたのね。では、きっと、違うどこかに居ますのね」

 ナタリアも信じていたいのだ。きっと。
 ホドを返り見、仲間を正面に見る。ね、きっと、と笑んで見せた。



 そして、踵を返す。

「そうとわかれば仕事が出来てしまいましたわ。早速この辺りを探索致しますわよ!」
「え、ちょっとナタリア、ガイを休ませてあげて欲しいのだけど…」
「ガイは居眠りでもなさい!ティア、ジェイド、アニス!行きますわよ!」
「おやおや、相変わらず元気いっぱいですね〜」
「疲れたのにー!!」

 思い思いの言葉を聞いていたガイは。

「…居眠りって…」




 できるものか。

 皆、どうして信じられるのだろうか。

 本当に、彼だったら、その時。

 どうしたらいいのかって、考えないでいられるなんて、

 どうして。


 どうしたら。






「…いけませんわ、その前に!」

 ナタリアがぴたりと歩みを止めた。忘れていましたわ、と続けた。


「どうしてここへ来たのか、忘れていましたわ。皆も忘れていたんじゃなくて?」


 ああ、と全員が合わさった。確かに忘れていたのだ。
 これを言う為に、ここに来たというのに、おかしな話だ。






「誕生日おめでとう、ルーク」






 信じているんだ、そう決めつける為の、儀式なのだ。





           夢に微睡めカイン、樹に爪立ては鮮紅、惑い眩む。


I / R / ロード・アンド・レディ / 煙に墜落させた