死が理解できないのは当たり前だ。いつか彼が言った。気休めでしかない。だが彼はその分優しかったのだ。 これでもし彼が生きているなんぞと言ってみればどうだ。この弱った子供は眠るだろうか。否、恐らく眠れなくなる。














 イェソドールは大きくもなかったが、小規模でもなかった。ケセドニアが近いため、商人がたくさん行き来している。 騒がしいのは商店街ぐらいで、他は静かで平和なものだ。ガイはそんなイェソドールを初めて見た。 それよりも、子供のレプリカたちと遊んでいるジェイドを初めて見た。「…取って食われりゃしないかね」「そんな、大丈夫よ。 ……多分」ティアも申し訳なさそうではあるが、本心を言った。

「いやですねぇ二人とも。これでも毎日、罪の意識に苛まれているのですよ」

 だからこうして毎日罪を償っているのです。そう言って子供に話していたのは馬鹿な赤い髪の双子の話だった。 レプリカの子供たちも、変なおじさんがしてくれる変な話を気に入っているようだったが。

「大佐、オブコニカを待たせてるんですよ」
「俺は別に待ってない」
「いや、待ってるだろ?悪いな」

 さっぱりとした態度しか見せない彼。オブコニカ、と呼ばれた。イェソドールの町民の代表者だった。 レプリカだが、この街に多く居るレプリカとは違った。生まれてすぐに放り出されたのだ。

 オブコニカは、イオンのレプリカである。現在ダアトにいる、フローリアンと同じ時期に生み出されたのだ。 だが、彼は、導師としての資質を、一つも持たなかった。その為早くにモースに見限られ、昔のレプリカたちと 同様にザレッホ火山に捨てられたのだ。しかし、彼は賢かった。導師としての力は持たなかったが、 何事も早く理解し、頭を回転させる事が出来た。ザレッホ火山から生きて出れたのも、その知恵があった からだった。
 だが流石に火山だった。助けられた時は体じゅうに火傷を負っていた為、ヒーラーを何十人も呼んでの 治療になったという。そこからさる人に引き取られて育てられたのだが、何を間違ったのか、

「俺は別に待ってない、って言ってるだろ」

 ひねくれ坊やに育ってしまっている。
 ジェイドもガイもティアもアニスもナタリアも、彼に初めて会った時驚いたが、 もう一人のイオンのレプリカ、シンクよりもひねくれて育った根性に、温和で優しいイオンを懐かしがった。



「やー、待たせましたね〜。アスとルーコの物語、大人気ですよ」
「…………ルーコって………」

 ガイが呆れたが、ティアも同時に呆れていた。オブコニカは溜息を吐いただけだ。

「それで、オブコニカ。話とは?」
「このおっさん、しゃあしゃあと…」

 ジェイドのお陰で時間が引き延ばされていたにも関わらず、いつもと変わらないあっさりとした 態度で話す。それにガイが茶々を入れると、またオブコニカは溜息を吐いて言った。

「…昨日、ナタリア姫とアニスが来た」
「あら、ここも経由したのね」
「あんたらを待つつもりだったらしいが、昨日のうちに渓谷に行った。で、これをジェイドに渡せって。 なんだって俺をパシリに使うかな」

 そういう割には几帳面ですよねぇ。皮肉を述べながら受け取ったのは、手紙だった。 ほとんど走り書きに近いそれをジェイドが見、何も言わずに軽くたたみ、ポケットに入れた。どうやら 内容をガイとティアに言う気は無いようだ。それでも一応聞いてみたのはガイだ。

「…なんだよ、何が書いてあったんだ?」
「無事にここに着いた、という確認ですね。ナタリアにはアニスしか護衛がついていませんから、 例のアレが手回ししていたら、と考えると心配です」

 ガイもティアも、ここまでジェイドと付き合って来た。つまり、ジェイドは核心だけは言っていない。 それにすぐに気付いた。だが、この眼鏡の事だ。恐らく自分たちが聞いても言わないだろう。

「例のアレ、といえばロルカなんですが、ここは大丈夫ですか?」
「誰かさんが入り浸ってるせいで平和なモンだ」
「これはありがとうございます」
「うるさい。いい加減この街を疑うのはやめろ。
 そんな奴らはいないってどれだけ確認したらわかるんだよ」
「居ない、と確信が持てるまでです」

 ロルカの本拠地ではないか、と疑われていたイェソドール。その代表者、ある意味知事である オブコニカが、それに憤っていない筈もなかった。不満げな顔を見せ、ティアがそれに何かを言おうとした 瞬間、あ、とオブコニカが何かを思い出した。

「…そういえば、ロルカのリーダーについて、噂があった、ような。そんな書類を見た」
「本当ですか?どういったものですか」

 え、とガイとティアが言う間に、すぐに話題に食い付いたのはジェイド。さすがに軍属と言ったところだ。

「ダアトで、ロルカっぽい奴らがいたらしくて。ぽい、っていうのは、これを報告して来た奴が、そいつらの 話を盗み聞きして、次はバチカルを狙うとか言ったのを聞いて、衛兵を呼んだと。てめーらロルカだなって 衛兵がドカーンと行ってみりゃそこで、『リーダー、行くぞ!』」

 ふむ、とジェイドが相槌し、更にオブコニカは続ける。

「リーダーと思しき人物は、フード付きの服で顔を隠していた。性別はわからなかったが男にしては小さめ、 女にしてはちょっと、って感じで。呼ばれて振り返った瞬間にフードが取れて」
「顔を見ましたか」
「いや、赤い髪だった、ってだけ」






   決意に切った、 あの、   赤い 髪?






 …世界を、憎んで、しまったのか?
 本当に、彼なのか。


 嘘よ、と叫んだのは、ティア。もしかしたらレプリカかもしれなくて、顔を隠していて、もしかしたら、彼かもしれない、 それ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。ガイは自分が青ざめたのがわかった。

 あの赤い火は、嫌でも目立ってしまう。
 ティアとガイの尋常でない反応に、オブコニカがジェイドを見やるが、 ジェイドもまた「…これは、最悪のパターンですかね」と言うだけだ。



 信じたく無いだけだ。
 彼であると。
 いなくなってしまった彼ではないと信じたいだけだ。



「…ガイ、きっと… 絶対に、違うわ。ルークじゃない、ルークがあんな事するわけない」
「……わかってる、わかってるんだ、  けど、…けど」



 声が聞こえる。呼ぶ声が。
 世界の果てから、聞こえる声が。





           ジェヘの先にと伸びる、遠く遠退く貴方の紅。


I / R / 果てのイザヴェルへと / アンサイド