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続
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貴
方
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為
に
どうして彼は彼をこんなにも、と考えてみると、やはり愛憎と言ったところか。 殺す気でかかったならば、最後までそのつもりでいなければならない。何故彼は剣を握ったのだろう。 復讐の為か。隣りに剣を扱う者が居たからか。多分剣を置くタイミングを逃してしまったんだ。 生きる為に殺す時代など、悲しいだけだと。最初から解っていたのに。その悲しさを、彼がまとめて 受け止めていたのではないか。 ナタリアは、イェソドールへ何度行ったか知れない。何の建物も無かった時から足繁く通い、街が出来るまでの レプリカたちのほとんどの世話を請け負っていた。アニスはそれに何度も付いていった。何度もイェソドールで ジェイド、ティアと会った。彼らはイェソドールの人々に好かれていた。特にナタリアを慕う者は多かった。 「貴方の名前はなんといいますの?」 「あったとは思うが、覚えていない」 「…覚えている名前は、貴方の名前ではありませんわ。 宜しいわ。私が貴方に名前を差し上げましょう」 この問答も、アニスは何度聞いたか知れない。レプリカはオリジナルと同じ名前を持っていたが、 それではその二人が違う事が、まず最初から出来ないだろう。ナタリアは沢山のレプリカに名前をあげた。 私が最初に貴方にあげたものです、大事になさい。そう言ってつけた名前をレプリカたちは喜んだ。 「貴方、瞳の色が赤ですのね。…フロックス、はどうでしょうか?」 「…フロックス…」 「火焔、って意味だよ。貴方の眼の色だね、フロックス」 ああ、嬉しい、と彼女―フロックスは言ったが、やはりあまり表情には出ない。フロックスは赤い眼に金色の髪の 少女だった。ナタリアと背が同じくらいだが、少しフロックスの方が小さく見える。 恐らくナタリアと同じくらいの歳で、ホドで死んだのだろう。 「で、フロックスが見たっていう、変な人って?」 「…ああ、そうだった。この街の中だけでだが、あちこちで私たちを助けている奴がいた」 良い方ですわ、とナタリアが相槌を打つが、フロックスは。 「恐らくレプリカだと思うが、誰とも話していなかった。一言も」 「んー、それで、その人がなんかしたの?」 「ずっと顔を隠していたようだった」 未だに的を射ないフロックスの話し方に、アニスは少し呆れつつも続きを聞く。 フロックスは宿の管理人だった。それも兼ねて、簡単な食料などの売買の管理もしていた。 この宿と食料店はケセドニアの商人の店だ。最初の頃はレプリカを忌んでいたが、最近になってからは レプリカたちを雇うようになったのだ。 「貴方たちはタタル渓谷へ向かうのだろう」 「うん、そうだよ」 「その人もタタル渓谷へ向かった」 「ふぇ?そうなの?」 ここで食料と水を買って行ったという。どこかへ行くのかと聞いたら、タタル渓谷の方向を 示したと。しかし何故わざわざ私たちと同じ所へ、そう思ったナタリアが尋ねた。 「その方はどうしてタタル渓谷へ…」 「私にだけ教えてくれた」 「あら、話さなかったのでは」 「いや、ホドを見渡したいと言っていた」 『あそこからなら、 ホドを見渡せる。だから』 ホドを見たいと確かに言ったのか。 あの場所を見渡したいと確かに言ったのか。 ナタリアもアニスも同じ事を思い、同じ事に目を見開いていた。「そんな、」ナタリアが呻く。 彼の誕生日。その為の場所。一人を除いて満場一致、『ホドが見える』から、タタル渓谷。 嫌でも目立つ、あの赤い火を思い出してしまう。 ナタリアとアニスの尋常でない驚きの反応に、フロックスが「知り合いか」とだけ尋ねるが、 アニスは「わからない、けど…」と言葉を濁すだけだ。 信じたいだけだ。 彼であると。 いなくなってしまった彼であると。 「……ナタリア、 きっと…うん、きっと、 ルーク、 だよ」 「…ええ、きっと。会え、ますわね」 声が聞こえる。呼ぶ声が。 世界の果てから、聞こえる声が。 |