そういえば、暗いのは灯りが無くなったからだ、と呟いたのをしっかりと聞いてしまった。 どこまでも神聖な彼の火が無くなってしまった、 そうなれば彼の世界は真っ白い闇。霧が晴れない、と言って いたのも聞いてしまったからだ。白い闇なんて、一歩間違えれば雪だ。 凍えて死んでしまうかもしれない。 …何処までも馬鹿な彼は、それを望んでいるのかもしれない。彼を知っている皆が、それを 許す筈もないのに。











 今度寝れないというのなら、添い寝してあげるわよ。
 ティアがそんな恐ろしい事を言うものだから。ついで「ティアでご不満なら私が」なんぞとあのエロメガネが言う。 どちらの選択も安らかに永遠に眠れそうだ。本気で断っておいた。

「つれないですねぇ。陛下とは一緒に寝るのに私はダメなんですか」
「なんであんた『も』いいっていう選択ができるんだよ!」
「言われたくないなら眠りなさい」
「寝てるよ」
「数分では眠ったと言えませんねぇ」

 やはり貴方を連れて行く事に賛同できません。ジェイドが呆れた様子で言うが、ガイは 知らないふりをして歩いていく。タタル渓谷へは港から船に乗り、ユリアシティを経由して行く。 そこからはレプリカの最初の街、イェソドール。そしてタタル渓谷へ歩いて行くという経路。

「俺はイェソドールへ行くのは初めてだ」
「おや、そうでしたか?」

 ジェイドは三度目だと言う。ティアの方が私は一度だけと。

 現在レプリカの街は二つある。最初に出来たのが、ケセドニアに近い、マルクト内のイェソドール。 そこにマルクトの方のレプリカを集め、二番目にバチカルとベルケンドの間に、ティファレトが作られた。

 ガイはイェソドールの方へは時期を逃してしまい、ティファレトの方へは行った事がある。

「大佐は何故三度もイェソドールに?」
「ええ、世間を騒がせている、ロルカ、と言いましたか。それの本拠地があるのではないかと。つまり 調査です。何もありませんでしたが」

 元モース派陣営の事を、巷では「ロルカ」と呼ぶ者が多い。それはつまりロルカの連中が、自分たちを どこかでロルカと名乗ったからであろう。必ずどこかに本拠地があり、それを纏める者が居るはずなのだが。

「やはり解せません。目的がはっきりしない分、これからどこでどうするかも予測がつきませんし、何よりボスがわからない 事には交渉のしようもないし」

 逮捕する事もできません。締めくくりで言ったが、むしろこれがメインだろう。

「ティファレトには行ったか?」
「行きましたが、何も。平和なものでした」

 その答えにガイがそうか、とは言うが、事の終わりまで行かない。ティアも同じく考え込んでいる。 世界の危機を一度救った彼らだから、世界を騒がせる者は放っておけないのだ。

「レプリカに手出しをしない分、
 もしかしたらリーダーはレプリカかもしれない、と考えています」

 レプリカ、とティアが呟き、ジェイドがそれに頷いて更に続ける。

「ええ。それも強く仲間をまとめる事ができるか、仲間の方が放っておかないような気質で、…優しく、恐らく強いでしょう。 何か強力な力を持っているかもしれません」
「……大佐」
「その条件が当てはまる、レプリカと言えば」




 …随分とどっかの誰かを思い起こさせるじゃないか。
 あんたの言葉はいつだって臓腑に染み渡る。 ああ、冗談じゃない。






「あの馬鹿しか思い当たらないので違いますね」
「…大佐」
「ジェイド…」
「何ですか二人とも、鳩が面食らったような顔ですよ」

 そんな顔にもなる。
 いつだって真実と正義しか言わないこの人が。

「私だって弱っている子供をいじめて遊ぶ程、嫌な大人ではありません」
「…今でも十分嫌な大人ですけど」
「ちょっと待て、弱ってる子供って俺か!」
「他に誰がいるのよ」

 まぁそんな事より、とジェイドが次の話題を出す。

「いつどこでロルカの襲撃があるかわかりません。気を張っていきましょう。イェソドールまで行けば安全でしょうが、 ユリアシティは安全とは言えません」
「…はい。つい最近も、お祖父さまを狙って来て…」
「なんだ、もう手当たり次第だな」

 それでもほとんど毎日ペースでバチカルは狙われている、とジェイドが伝える。ユリアシティは あまり攻撃対象にされていないが、時たま威嚇のようにティアの祖父のテオドーロを狙ってくるのだ。

「…港へ急ぎましょう。大回りになってしまいますから、
 きっとナタリアたちが先に着いてしまいます」
「はい大佐。ガイ、眠くなったら言うのよ。大佐が引きずってくれるわ」
「…ティアまでそんな事を…」
「引きずるのは嫌ですから研究してきましたよ。コンタミネーション現象を」
「(殺す気だ…)」




 …ああそれでも
 本当にあの馬鹿だったらどうしよう。
 本当にあの馬鹿が生きていて、何か外れちまって、
 世界を憎んでしまったのなら、 どうしたら、いいのだろう。


 海が近くなって行く。
 海の上には陽。

 白い光を放っている。  …寒い。
 手足の自由が簡単に奪われてしまいそうだ。





           深く寒いに藻掻くアガレア 白い闇へ 落ちていく。


I / R / オフェリアに染まる / 澱み無く繋がるスパイダーリリー