あの日からガイは眠るようになった。それでも常人の睡眠時間よりは短い。 昼間こそ彼はしっかりしているものの、夜は魂の抜けたもののようになってしまう。

「途中でぶったおれやしませんか?貴方を引きずるのは勘弁ですよ」
「引きずる決定かよ旦那。せめて担いじゃくれないかい?」

 そんな事して腰が折れるぐらいならコンタミネーション現象でも利用しますかね。 俺は音素に分解なんぞされたくないぞ。いい加減に恐ろしい皮肉(なのか微妙)に対する受け答えも 慣れたものだが、本気ですよと言うのだから侮っていた。

「タタル渓谷なんざすぐだろ。睡眠不足で魔物にやられてちゃ示しがつかないよ」
「おや、誰にですか?」
「…嫌味だねぇ」


 いなくなった彼の誕生日。
 墓の前でささやかに祝うと言うが、そんな縁起でもない事に、かつての仲間は皆賛同しなかった。 それでも久々に全員で会うかという話になり、タタル渓谷へ向かう事となった。

 なんでタタル渓谷?


『ホドが見えるからよ』
『ホドが見えますもの』
『ホドが見えるからだよう〜』
『ホドが見渡せますから』


 口を揃えてはかの栄光の大地。
 俺は見たくない。 …かえりたくないのに、 かえりたい、 なんて、思ってしまう。


 はぁ、と溜息を吐くと、それにジェイドは目敏くも感づく。

「行きたくないんならいいんですよ。どうせ行っても急ぎ足で帰らねばなりませんし」

 いや行くよ、と即答するが、確かに急ぎ足で帰らねばならなかった。


 民衆のピオニーに対する信頼は厚い。スコアが無くなったすぐの時も、ほとんどの者は ピオニーに高い期待を示し、彼もそれに応えていた。
 しかしそれは、グランコクマだけだった。ピオニーのお膝元であるグランコクマだけが すぐにスコアに頼らない世界に浸透し、自立の道を素早く歩けた。

 最悪なのは、ダアトだった。
 導師、大詠師共に未だその席は埋まらず、長い膠着状態が続いたが、糸が切れたように 前大詠師派―つまりモース派の陣営が攻撃的な団体を作り上げ、ローレライ教団から独立した。 彼らはスコアを排したマルクトとキムラスカとダアト全てを敵に回し、 各地でテロ行動のような事をやりだしたのだ。

 しかもその全てが特攻で、彼らのリーダーはおろか本拠地すら掴めないでいる。その為に 手も足も出ず、両国とも防戦一方になっている。

 そしてジェイドとガイはピオニーの直接護衛となったわけだ。ちなみにキムラスカの インゴベルト国王には、娘ナタリアと本人の強い希望から、アニスが護衛についている。ダアトからの 顔立てというわけだ。


「全くいつの時代になっても馬鹿ばっかりですね」
「あんたもだろ」
「ふふ、そうかもしれませんね。ではそろそろ行きましょうか」


 とりあえずダアトでティアと合流しましょう。タタル渓谷へは夜行きたいですね。なんて。
 ああそんな夜を見たくないのに。
 あそこにかえりたいとか思う前にしたいことがたくさんあるのに。
 このままじゃ闇へ届く。 …どうすればいい。














「ねぇ、ナタリア。ガイ、元気無いんだって〜」

 身支度を整えながら、ナタリアがまぁ、と声を上げる。ナタリア宛に届いていた 手紙を、ジェイドからだからとアニスが勝手に読んでいたのだ。

「病気か何かでしょうか」
「なぁんかー不眠症?精神的なのが原因ぽいって」
「…ガイが、ですか?」
「そうなんだよねぇ、ガイが、よねぇー」

 いつでも大人びていたガイが。いつも自分を守ってきたガイが。いつも仲間を考えていた優しいガイが。 頼れるガイが。 心配ですわ。ナタリアが呟く。

「タタル渓谷へは大佐が一緒でしょ。大丈夫だよ」
「そうではありませんわ。…きっと彼の事でしょう、もう一年も」
「…あぁ、そうだね」


 一番信じているガイ。彼が絶対死んでいないと信じているガイ。
 そう願っているガイ。優しいガイ。


「……ルーク、何処へ行ってしまったの」


 ごめんな、という、彼の口癖のような台詞が聞こえてくるような気がして、ナタリアは 気が重くなった。ただ浅はかに優しかった彼、ルークが、ガイがそんな風に苦しむ事を 良しとするわけがない。―今来ないのなら、 ほんとうに、 もう。


「…ナタリア、行こう。ガイが心配だよ」
「ええ、…わかりましたわ」



 浅はかに優しかった彼を、全部で包み込んだ彼。
 …では、今度は、彼が包まれる番、なのですね。


 明日には渓谷に着く。
 きっと暈が美しい、きれいな月が出る。





           闇へ届くアリア、夜へ響くライ、影へ劈くパンドラ


I / R / リドヴィナを垣間見る / オフェリアに染まる