嗚
呼
そ
れ
で
も
貴
方
、
眠れない、そう言って俺の所に来る彼。 此処に来たって寝りゃしない。最初はせっかく来てくれるからと 朝まで起きたりしていたが、最近の方は俺が寝ても彼は寝ていない。…眠れないんだ。 眠るとあいつを忘れてしまうんだ、って。 眠ってしまいたくないのだろう。 次の朝に、彼が忘れたくない彼を、一瞬でも忘れてしまうのだから。 「寝たか」 「今し方。もう泥酔ですよ、冬眠しそうな勢いですね」 そうか、と手を額に当てて、未だに安心しきらない声で言った。 大体自分もほとんど夜は寝ていない。だが自分は会議なんか抜け出して昼寝でも出来る。 「しかしジェイド、どうやって眠らせた。薬も飲もうとしなかっただろう?」 「ええ。なので、ティアに協力してもらいました」 「…譜歌?」 「はい」 外は雨が降っている。全てが水に濡れるグランコクマはまるで空を映す鏡。 灰色に光る鈍い宮殿下の街。時計は四時前。太陽は隠されている。 ティアに譜歌を詠ってもらっても、苦労したんですよ。ジェイドはさほど 苦労した様子も見せずに言う。苦労したのはティアだからだ。 なんでも一回では眠らず何度も詠ったとか。 「…一年ほど経つと言うのに、今更とは…まるで何かを孕んでいるようです」 「何だと思う」 「わかっているくせに聞くんですね、陛下?」 外の雨を視線の先にしてから、ピオニーが言う。 「……火、かな」 雨のせいで消えかけた火。多分、寝る間も惜しんで薪をくべているのだ。 あいつは死んでない。 あいつは死んでない。 あいつは死んでない死んでない死んでない、 どこかで生きている、と 信じるだけではそろそろ怖くて眠れない。 一年、一年もあいつが生きた足跡が無い。 そろそろ信じるだけじゃもう足りない。眠れない。眠りたくない。 「全く、もうすぐ彼の誕生日ですのに」 「お前、行く気があるのか?」 「墓の前に行く気にはなれませんがねぇ。ガイも同じでしょうが」 ピオニーは、そう言ったジェイドが彼の墓に出向いた事を知っている。 朝行って夜また行ってみたら、嫌味な菊がそこに置いてあったからだ。 そして次の日にはその菊の花びらが全部無くなっていた。理由は知れない。 「…ガイラルディアは」 「はい?」 「……俺を、憎めば いいのに」 …起きたら泣き出すかもしれない。 そう思えば無性に今ここに居るのが間違いに思えてきた。 外は無慈悲に雨が打つ。 あまり強くならないで欲しい。 …彼が起きてしまうかもしれない。 |