ジェイドが行き掛かりの夫人に声をかけて彼女の荷物を持つなどという普通に親切な男になって いたのは理由があった。彼女がガイの母親だからだ。流石に見ず知らずの他人に声をかけるなど 有り得ない。ガイの母親であるユージェニーは自分がガイを慕っていることを理解しているし、 何よりガイの方の唯一の理解者がユージェニーだった。今でも媚びを売っておいて悪いものではない。 「ガイラルディアはジェイドさんに迷惑をかけていないかしら」 「いいえ、とんでもない」 「違うのよ。あの子は昔から甘えるのが下手で…あなたがガイを愛してくれているのに」 「ああ…それは、なるほど」 流石に母親は息子を熟知していたようだった。今更の遠慮も必要ないことも。 ユージェニーは聡明な女性でしかも、40代とは思えぬほどの美しさを未だ保っている。 目の色が違えど、やはり顔が似ていると感じていた。 「あの子ね、一度、同性だからという理由で恋を失敗していて…でもまた男の人を好きになるなんてね。 女に囲まれて育ったからかしら。もしジェイドさんが女性でも、あなたを好きになったかしら」 「そう願いたいものです」 「ジェイドさんは?」 「ガイが女性だったら、ということですか? そうですね、余計嬉しいと思うんですけど」 「ふふ、そうね」 笑った顔もそっくりだった。思わずガイを思い出してしまった。が、そのちょっとした幸せは凛とした 声に貫かれることとなる。 「母さん!」 ユージェニーの「マリィベル?」の声に助けられた。ジェイドの方は思い切り「うっ」と声を漏したからである。 出来れば一戦でも繰り広げたくない相手だ。後ろから嫌な気配がする。戦意だ。否、殺意と言い換えた方がいい。 「どうしてここにいるの?」 「ガイラルディアの公演の帰りよ。…今日和、カーティスさん?」 「……これはどうも、マリィベルさん」 しかし受けて立つしかあるまい。すでに切っ先は向けられているのだ。 「母さん、あっちに車があるから…荷物をありがとう、カーティスさん」 「いえ、結構重いですから、車までお持ちしますよ。貴女の細腕では無理かと」 「そうでもなくてよ。…先ほどはガイラルディアの公演を観てきたのだけど、一曲目のアレンジは 貴方だとか?見事にあの子に合わない下劣で下品で乱雑な出来でしたわね。まあ、私のガイラルディアの お陰で大変結構でしたけれど。比べて三曲目はとても素晴らしくて。フェンデ先生の編曲でしたかしら?」 「ええ、三曲目はフェンデ師の編曲ですよ。それに恥じぬようにしたつもりでしたが、お気に召しませんでしたか。 ガイはこれが一番好きだと言って一番に歌ってくれたのですよ。嬉しい限りです」 「あら、そうなのかしら」 カウンターが見事に決まったところでユージェニーの様子を見ると、案の定マリィベルの言葉に 何か言いたそうにしていたが、臨戦状態のマリィベルに横槍を刺すのは得策ではない。彼女は娘のことも 熟知しているようだった。 「まあ、どんな粗悪な曲でも私のガイラルディアなら如何様にもなりますから」 「聞き捨てなりませんねぇ、私はいつも私のガイの為に最高の曲を書いていますよ」 「………」 「………」 聞き捨てならないのはマリィベルもであったらしい。 「私の、ガイラルディアよ」 「いいえ、もう私のものです」 「物扱いしないでくれるかしら」 「訂正はそこで宜しいのですか?」 「もともと貴方のものじゃありませんからね」 「彼は望んで私のところに来たんですよ」 「それこそ思い上がりだわ。弁えてちょうだ」 「姉さん!!!」 ここで助け船が。ここに割り込めるのは話の主題であるガイしかいなかった。あまりにあからさまに ユージェニーが安心の息をついたが、まだ早かった。 「あら、ガイラルディア。ごめんね、今ちょっとこの男の眼球えぐりだしてやりたくて。待っててね」 「ちょ、ちょっと!ねえさん!?じぇっ、ジェイド!」 「すいませんねぇガイ。今ちょっとこの人の頭どうにかしなきゃいけないんですよ。待ってて下さい」 最早売り言葉に買い言葉。はい!?とガイがつっこんだ所で、二人ともガイに向けた笑顔を どこかに放り出し、違う意味の笑顔を互いに向けた。 「頭をどうにかするなんて凄い事を言うのね。いいわ、決着つけましょうか」 「眼球をえぐり出すもなかなかのものですよ。 …遠慮しておきます。愛しい弟の前で醜態を晒したくないでしょう? それは私もですしね」 「貴方は自分の心配だけなさっていればよろしいのよ」 「それはどうも」 「………なんだアレ……?」 ジェイドとガイの姉が何かにこにこと話しているが内容は聞くに堪えない戦いだった。まさに兵どもの 夢のあと。ルークは嫌なところに通りかかったと背を向けたが、目立つ赤毛が不幸し、ガイが「ルーク!!」と 自分のもとに飛んできた…どころか抱きついてきた。 「あー…ガイー…久しぶりだなー」 「……ルーク…俺はもうアレだ……」 「(…アレってやっぱアレか…) …あー…そうだな、アレだな…よしよし」 「おや?ルーク、ガイから離れなさい」 「得体の知れない男ね!ガイから離れて頂戴!」 「(アレだなー…)」 はっきり言って巻き込まれたくなかったが、ちょっとガイが可哀想に思えてきたらしい。 |