ジェイドが講師をしているティアが通っている大学には、週2度ほど訪れる。仕事の云々によって何度か訪れる 事もあるのだ。その週に2度のうちの一回、それは7月7日で、世間一般には七夕と呼ばれる日だった。 ジェイドは生憎とそういった行事に興味は無かったが、彼が講義を行う教室の一端、そこに学生たちの 願いがぶら下がった笹があった。見れば「彼氏の浮気性が治りますように」だとか「ずっと一緒に居られますように」 だとか、稚拙で下らない、叶う筈も無い願いが雑然とぶら下がっている。 本人は思わぬ事だろうが、笹はジェイドのようなものだった。願いを叶える気など毛頭無い。 星や銀河まで願いを飛ばす気も無い。色とりどりの悪趣味な短冊をぶら下げた笹は、幼稚臭いロマンチッカーに 振り回され、さぞ冷めた目で世界を見る事だろう。 |
ティアも年頃の女性であろうが、七夕やそういった浮ついた事にはあまり興味を示さなかった。 もっと幼少の頃には笹に願い事をつけたものだったが、ここ数年、笹自体を見かけない。 しかしある日、講義を終えてみれば、後ろの方に小さな笹がある。そういえば今日は7月8日。 誰かが昨日持ってきたのか知らないが、たくさんの短冊がぶら下げられていた。 見れば「彼氏の浮気性が治りますように」だとか 「ずっと一緒に居られますように」だとか、稚拙で下らない、叶う筈も無い願いが雑然とぶら下がっている。 まともな願いは無いのかと思えば、一つ白紙の短冊があった。一つだけ願い事の無い短冊。 ティアはそれに何か思った訳ではなかった。しかし恐らく、付けた人物は唯一、織姫と彦星の 一度の逢瀬を願ったのではあるまいか。周知の事を、敢えて書くこともない。 恐らく笹自体も、それくらいしか叶える気もあるまい。 |
ローレライはといえば、七夕自体を知らなかった。9日になってからピオニーからその存在を聞いた。 しかし聞いてもあまり意味はわからなかった。願い事をどうして笹につけるのか。願いや夢というものは 叶えてこそだろう。ローレライは一時は自分の夢を叶える事が出来た。だからそう言った意味で物事を 現実的に見れた。 「あんただったら…『また踊れますように』とか。叶いそうもない事を書けばいいんだ」 「ふーん。でも確かにそれは叶わないけど、願っちゃいないよ」 「そうなのか?じゃあ『ルークとアッシュと仲直りしたい』とかは」 「まあそれもいいんだけど。 …今がずっと続けばいいなぁ、って思うんだ」 「…あー… 俺も」 ローレライはピオニーが煙草を吸わない事くらい知っている。だけど彼の手には何故かライターがあった。 共に願いをかけるは星の先だ。 |
ルークが短冊を書いたのは10日のことになる。柄にもなく3日間願い事を考えた。 結局「金が欲しい」などと書いてみたのだが、その金が何になるかは明白である。 どうせ先の為の食費と煙草、あとは趣味と実益の為。ダンスホールに笹があったのだが、 流石に10日にもなれば撤去されていた。多少悲しかったが、行き場のない短冊の方が ばつが悪いだろう。なので家に帰ってから、何故か来ていた兄の髪の毛につけてやった。 物珍しそうにミュージカルの楽譜を見ているところを狙った。 「……何の真似だ」 「金が欲しいんだよ」 「は、天才様がそんな事を言うんだな。 来てみりゃ極貧生活は変わってねぇし、まだ勘が取り戻せねぇのか?」 「てめーと一緒にすんな。 …あー、居るんならメシでも食いに行こーぜ。車回せよ」 「………覚えてろこの屑」 「おにーちゃんやっさしーい(棒読み)」 |