ディリア・クラウン Chapter.01 「銀河に願いを」

 ジェイドが講師をしているティアが通っている大学には、週2度ほど訪れる。仕事の云々によって何度か訪れる 事もあるのだ。その週に2度のうちの一回、それは7月7日で、世間一般には七夕と呼ばれる日だった。 ジェイドは生憎とそういった行事に興味は無かったが、彼が講義を行う教室の一端、そこに学生たちの 願いがぶら下がった笹があった。見れば「彼氏の浮気性が治りますように」だとか「ずっと一緒に居られますように」 だとか、稚拙で下らない、叶う筈も無い願いが雑然とぶら下がっている。
 本人は思わぬ事だろうが、笹はジェイドのようなものだった。願いを叶える気など毛頭無い。 星や銀河まで願いを飛ばす気も無い。色とりどりの悪趣味な短冊をぶら下げた笹は、幼稚臭いロマンチッカーに 振り回され、さぞ冷めた目で世界を見る事だろう。


 ティアも年頃の女性であろうが、七夕やそういった浮ついた事にはあまり興味を示さなかった。 もっと幼少の頃には笹に願い事をつけたものだったが、ここ数年、笹自体を見かけない。 しかしある日、講義を終えてみれば、後ろの方に小さな笹がある。そういえば今日は7月8日。 誰かが昨日持ってきたのか知らないが、たくさんの短冊がぶら下げられていた。 見れば「彼氏の浮気性が治りますように」だとか 「ずっと一緒に居られますように」だとか、稚拙で下らない、叶う筈も無い願いが雑然とぶら下がっている。
 まともな願いは無いのかと思えば、一つ白紙の短冊があった。一つだけ願い事の無い短冊。 ティアはそれに何か思った訳ではなかった。しかし恐らく、付けた人物は唯一、織姫と彦星の 一度の逢瀬を願ったのではあるまいか。周知の事を、敢えて書くこともない。 恐らく笹自体も、それくらいしか叶える気もあるまい。


 ローレライはといえば、七夕自体を知らなかった。9日になってからピオニーからその存在を聞いた。 しかし聞いてもあまり意味はわからなかった。願い事をどうして笹につけるのか。願いや夢というものは 叶えてこそだろう。ローレライは一時は自分の夢を叶える事が出来た。だからそう言った意味で物事を 現実的に見れた。
「あんただったら…『また踊れますように』とか。叶いそうもない事を書けばいいんだ」
「ふーん。でも確かにそれは叶わないけど、願っちゃいないよ」
「そうなのか?じゃあ『ルークとアッシュと仲直りしたい』とかは」
「まあそれもいいんだけど。 …今がずっと続けばいいなぁ、って思うんだ」
「…あー… 俺も」
 ローレライはピオニーが煙草を吸わない事くらい知っている。だけど彼の手には何故かライターがあった。 共に願いをかけるは星の先だ。


 ルークが短冊を書いたのは10日のことになる。柄にもなく3日間願い事を考えた。 結局「金が欲しい」などと書いてみたのだが、その金が何になるかは明白である。 どうせ先の為の食費と煙草、あとは趣味と実益の為。ダンスホールに笹があったのだが、 流石に10日にもなれば撤去されていた。多少悲しかったが、行き場のない短冊の方が ばつが悪いだろう。なので家に帰ってから、何故か来ていた兄の髪の毛につけてやった。 物珍しそうにミュージカルの楽譜を見ているところを狙った。
「……何の真似だ」
「金が欲しいんだよ」
「は、天才様がそんな事を言うんだな。
 来てみりゃ極貧生活は変わってねぇし、まだ勘が取り戻せねぇのか?」
「てめーと一緒にすんな。 …あー、居るんならメシでも食いに行こーぜ。車回せよ」
「………覚えてろこの屑」
「おにーちゃんやっさしーい(棒読み)」



星の果て、銀河の果てに願い投げ込み 先に繋ぐは帚星 尾鰭を名残に 銀河遠退く


title/か…カビデラの……