「おかえり、ヴァンデスデルカ」 鼠に住み着かれた。そう思えばまだ可愛い物だ。しかしこの鼠は普通の鼠とは違い、鼠取りに引っかからない 知恵を持っているが、実にヴァンの神経を逆撫でする事が得意だ。 「………」 「ただいま、くらい言ってくれてもいいだろう。寂しいな」 「心にも無い事を言うのだな」 「当たりだ。何故君には筒抜けなのかな」 「…要らない言葉ばかりを覚えるのだな」 ローレライは言葉をあまり知らない。単語として知っていても、意味を解さないものが多い。なので、 ヴァンのマンションに居座っている間、彼がやっていることと言えば、テレビを見る、映画を見る、漫画を読む、 新聞を読む。映画と漫画の類は、最近覚えさせてしまった為に、自分で持ち込んでくる。 「ルークは元気かなあ」 「…そう思うなら会いに行けば良い。そして戻ってくるな。それか稼いで頂きたい」 「ごめんよ、私は踊る事しか知らないから」 ローレライの全盛期は十数年前の事となる。スポットライトの下、止まない歓声の中に居た人物。 しかし再起不能の怪我を負った彼は、この地で隠居生活を送っている(他人の家で)。 もちろんヴァンとしては迷惑甚だしい。彼がこの街にやってきたのも、彼の息子がいるからだった。 さっさとその息子のところへ行ってしまえばいいものの、何かにつけるでもなく、ローレライはヴァンの家に 入り浸っていた。たちが悪いのが、別になんの理由もつけないというところだ。何か理由をつけてしまえば、 たちまちヴァンの理論武装で、ローレライは防戦一方になるだろう。ローレライはそう言った頭は回る、狡い男だった。 ヴァンはローレライを好きだと思ったことは一度もない。無駄飯食らいの邪魔者。ただそれだけだ。 だがこのローレライは何故この家にずっといるのか、と考えるとぞっとする。 「何を考えいるんだい?」 「別に…貴方の家に、爆弾を仕掛けようなどとは考えていない」 「…ばくだん?なんだそれは?」 「……『一瞬のうちに吹っ飛ぶ物』…今、貴方に背負わせたいと思っている」 それでも、去る日を名残惜しそうに空を舞わせるローレライの手。そのしなやかで踊るにはもう相応しくない 腕が、体ごと吹っ飛んでしまえばいいのに。 「…このみかんは」 「隣りの人が持ってきた。おすそわけ?とかなんとか。意味はわからないな」 「……食べたのか?」 「いや?だってヴァンデスデルカに、じゃないのか。ああ、ひとつくれないか」 ヴァンはその時は珍しく、ローレライに一つ、みかんを放ってやった。 「…いやに素直じゃないかい?」 「貴方は、それが爆弾だったら…どうするのかと思ってな」 「では、背負った方がいいのかな?」 かく言いつつも、ローレライの長い指は綺麗に動くのに、無駄に下手にみかんの皮を裂いた。 ヴァンが見かねて皮をむいてやったのは、一分も経たない後のことだ。 |