シェル・クラウン Chapter.01 『「いいから一発殴らせろ」』
おかしいのは君か、それとも私か。

「おかえり、ヴァンデスデルカ」
 鼠に住み着かれた。そう思えばまだ可愛い物だ。しかしこの鼠は普通の鼠とは違い、鼠取りに引っかからない 知恵を持っているが、実にヴァンの神経を逆撫でする事が得意だ。
「………」
「ただいま、くらい言ってくれてもいいだろう。寂しいな」
「心にも無い事を言うのだな」
「当たりだ。何故君には筒抜けなのかな」
「…要らない言葉ばかりを覚えるのだな」
 ローレライは言葉をあまり知らない。単語として知っていても、意味を解さないものが多い。なので、 ヴァンのマンションに居座っている間、彼がやっていることと言えば、テレビを見る、映画を見る、漫画を読む、 新聞を読む。映画と漫画の類は、最近覚えさせてしまった為に、自分で持ち込んでくる。
「ルークは元気かなあ」
「…そう思うなら会いに行けば良い。そして戻ってくるな。それか稼いで頂きたい」
「ごめんよ、私は踊る事しか知らないから」
 ローレライの全盛期は十数年前の事となる。スポットライトの下、止まない歓声の中に居た人物。 しかし再起不能の怪我を負った彼は、この地で隠居生活を送っている(他人の家で)。
 もちろんヴァンとしては迷惑甚だしい。彼がこの街にやってきたのも、彼の息子がいるからだった。 さっさとその息子のところへ行ってしまえばいいものの、何かにつけるでもなく、ローレライはヴァンの家に 入り浸っていた。たちが悪いのが、別になんの理由もつけないというところだ。何か理由をつけてしまえば、 たちまちヴァンの理論武装で、ローレライは防戦一方になるだろう。ローレライはそう言った頭は回る、狡い男だった。
 ヴァンはローレライを好きだと思ったことは一度もない。無駄飯食らいの邪魔者。ただそれだけだ。 だがこのローレライは何故この家にずっといるのか、と考えるとぞっとする。
「何を考えいるんだい?」
「別に…貴方の家に、爆弾を仕掛けようなどとは考えていない」
「…ばくだん?なんだそれは?」
「……『一瞬のうちに吹っ飛ぶ物』…今、貴方に背負わせたいと思っている」
 それでも、去る日を名残惜しそうに空を舞わせるローレライの手。そのしなやかで踊るにはもう相応しくない 腕が、体ごと吹っ飛んでしまえばいいのに。
「…このみかんは」
「隣りの人が持ってきた。おすそわけ?とかなんとか。意味はわからないな」
「……食べたのか?」
「いや?だってヴァンデスデルカに、じゃないのか。ああ、ひとつくれないか」
 ヴァンはその時は珍しく、ローレライに一つ、みかんを放ってやった。
「…いやに素直じゃないかい?」
「貴方は、それが爆弾だったら…どうするのかと思ってな」
「では、背負った方がいいのかな?」
 かく言いつつも、ローレライの長い指は綺麗に動くのに、無駄に下手にみかんの皮を裂いた。 ヴァンが見かねて皮をむいてやったのは、一分も経たない後のことだ。



title/星屑の海。
ちなみにこのローレライ、ルークの父親です。