何がどういう点に置いて衝撃だったのか、理由は知るところではない。だけどルークにとってはどえらいショックだった。 恋人が居たなんていうのは当たり前だし、別にそれに対して何かしら言える立場ではないし、 ただルークがどえらいショックだったのは、自分がどうしても手放せない煙草を、彼の昔の恋人は、彼から奪った事だった。 そんな事ばかりが頭を回って足が縺れると、ピオニーは目敏くも気づいて「右足、留守になってんぞ」と要らない助言を してくる。そりゃあんたのせいだ。言えたら多分ここからはノーミスで踊れるさ。
「……何でモダンやめたか、聞いてもいいか」
 随分ぬるくなってしまったポカリは非常にまずい。ピオニーが聞いてきたのはまずさを噛み締めている時だった。 「別に、いいですけど」ここから先はあまり言う気はない。ピオニーもそれを理解したようだが、「じゃあ、なんでだ?」と もう一度聞いてきた。
「……………ちょっと腹が立っただけです。ただ拗ねてただけだと思いますよ」
「ふうん、そうか… 誰かのせいなのか?自分か?」
「そりゃ、俺ですけど。でも元を正せば、親父かな」
「ふーん…」
 言いながらルークの持っていたポカリのペットボトルを奪って全部飲み干して「まずい、ぬるすぎるだろ」とぼやいた。 半分くらい残ってたのに全部飲んどいてそれは無いだろ。あっそういえば初めてだな間接キス。ふと浮かんだこの 考えだが、ルークは自分で「俺は高校生かよ…」と呟いてもみ消した。ピオニーには聞こえなかった。
「…先生のせいか。なんだかちょっとショックつーか……嫉妬すんなぁ…」
「…は?」
「いや、つまりなあ…俺にとっちゃこの、モダンバレエだが…誰がなんと言おうと手放せねぇよ。それを先生が… お前からやめさせたってのは、なんかな」
 そのセリフからなんとなく想像したのは、この人は恋人とバレエとを並べて、バレエを取ってしまった人なんだ。 空のペットボトルを彼がダンスホールの壁際に投げると、反響音がからりと鳴く。
「………前の恋人って」
「ん?」
「どんな人だったんですか」
「んー、そうだな。聞き分けの良い奴だった。良すぎて、どうにも甘えちゃくれなかったな。というか、そいつ 自身が、甘えさせる方が好きみたいな感じだったかな…」
 まだつらつらとピオニーは昔の恋人について語っている。―つまりそう言えてしまう程昔の事か、風化した 記憶なのか、はたまた別にそこまでその恋人を想っていなかったかだ。だけどまだ彼はその恋人の小さな癖、 性格、可笑しかった行動までべらべら話し出す。…この人はちゃんと恋人を愛していた。
「その人、今はどうしてるんです?」
「はは、今か。俺より独占欲の強い眼鏡に引っかかってるからなあ、大変な毎日だと思うぜ」
「(…眼鏡…眼鏡ねぇ…)」
 意外と、胸の中のよくわからない部分が、針を刺されているようにちくちくと痛かった。その痛みが少し心地良くて、 でも無い方が良いというのはわかっていた。 ピオニーさん、俺は貴方のことが好きなんですよ。そう言ってしまったら この痛みも終わりだ。
 享受してやるよ、今世紀最大の大恋愛だな。




ミルク・クラウン Chapter.08

「これが恋なら醒めないで」





title/渦旋
いつくっつくんだろうなこいつら