煙草が値上がりしたせいで余計に財布が寂しかった。禁煙しようかとも思ったがそれでは 癪に障る事を思い出す。 「ローレライ先生の息子だったとはなぁ」 「だから天才、あーそうですよ」 「卑屈だな。誰もそんな事は言ってないだろう」 誰も、という言葉は少し違う。確かにピオニーは言っていないが、ピオニー以外の人間は嫌と言う程 浴びせて来る。言葉もそうだが、視線もだ。皆あの金髪の面影を映しているのだ。 「最近、先生にオーディションの審査頼んでんだよ」 「…それあんたの仕事でしょ」 「誰かがまだまだ下手だからな。その癖一日中でも踊ってやがるから、俺の一日だって無いようなもんだ。 …ああ髪、も少し伸ばせ。次はシルフィードを踊ってもらうから」 「…………この前、パブロワって言ってませんでしたっけ?」 「どっちもだ。頼むぞ、天才殿」 アンナ・パブロワは基本だとか言われて叩き込まれた事がある。男なのにロマンチックチュチュをはいて踊る のが、子供心に格好悪くて嫌だった。それは今も実は同じで、バレリーナに扮するのははっきり言って全く乗り気が しないところだ。そこにシルフィードである。風の妖精シルフィードを演じるにはスカート。 えろくさいと好評を得たカルメンは踊らせてもらえず、小さい背の為にかわいい役柄ばかりだ。 「いーじゃねーか、ほら、パブロワは途中で服を脱いでいいんだぞ」 「それ親父にも言われたんですけど…」 「ぬぅ、同レベルか。…まあ脱がなきゃいけないんだけどな」 禁煙と大きく張り紙が貼ってあるのは見えていたが、休憩と銘打ってある時間なのだから固いことは言うまい。 だが鞄を探ると煙草は出て来てもライターが無い。欲しい時に限って見つからないものだ。 「ライターか?この前お前が置いてった奴、今も持ってるぞ…ほら」 「ああ、それ、あんたんとこに置いていってたのか。どうも」 このおっさんも張り紙を気にする節は見当たらない。しかも「早死にするぞ」と言うだけで煙草をやめろとは言って こない。ルークは生来捻くれたタチで、やるなと言われることはやりたいし、やれと言われたことはやりたくはない。 つまり煙草をやめなかったのはやめろと言われたからだった。ピオニーの長い指がライターから火を出すと、 ルークも自然に銜えていた煙草をその火に近づけた。しかしピオニーは張り紙は気にしていなかったが、 「今日はそれだけだ」とライターを自分のポケットに仕舞った。 「…やめさせりゃいいのに」 「言ったらやめるか、お前」 「やめれるならやめたいですけどね」 「まぁそりゃそうだろうなぁ、喫煙者は皆そう思ってるモンだろ。俺も昔吸ってたし」 意外なセリフにルークが「へぇ」と間を置いてから「やめたんですか」と続けた。 「ああ、まあ…煙草吸う人はキライだって言われたから」 「…恋人?」 「昔のな」 |