ミルク・クラウン Chapter.05 「昔のことだと言い切れる?」

 ルーク・フォン・ファブレは、15歳という若さにおいては、異例と言わざるを得ない 注目度を持っていた。 彼の初舞台では聞いた事もない名前(つまりルーク・フォン・ファブレ)が告げられ、 ざわつく会場を一気に鎮めたのが、ルーク。出て来た最初こそ、その小柄な体格と 年齢(見た目に子供だ、とすぐにわかる)に更に声があがったものの、音楽が鳴り始めた途端、 さすがにバレエを解する者たちは、その秀麗さに息を飲んだ。
 ルークの踊りは、腕の撓り方が違った。小手先の技術など捨て去り、感性とセンス、才能で踊っていた。 ダンサーにはそれさえあれば十分だと、ルークは小さな全身で体現していた。
 しかし、業界で騒がれただけに終わる。 ルーク・フォン・ファブレは、一度舞台で『シンデレラ』を踊り、その後に忽然と姿を消した。 残ったのはもう一人の天才、ルークの双子の兄。ルークに劣るものの、踊らなくなった 天才と踊る天才では、勿論後者によって前者は消された。
 しかし覚えている者も居た。わからない者もいた(最初に シンデレラを踊ったのも兄の方だと思っている人がいる―つまり最初からルークを知らない者がいる 。しかし兄の方はシンデレラを踊った事はない)。覚えている者はルークを捜した。 覚えている者も、天才と呼ばれる男だった。しかし彼は自分よりもルークが天才なのだと信じていた。 彼ならば自分の持っていないものを持っていると。 5年後に見つかったルークは、すっかりとルークを世界から消していた。一度だけのシンデレラだけを 残して、すっかりルークはしがないジャズダンサーだった。
 だがどうだ。カルメンを踊らせれば、5年前の姿がフラッシュバックする。ラ・シルフィードを踊らせれば、 まさに風が如く動く。いつまでもルークはルークのまま。あの時のままのルークがここにいて、 今目の前で踊ってくれている。見つけた時の喜びは、今に勝るものではないけれど。 なんかおかしいな。もちろん俺のために踊ってくれてるのが嬉しいんだけど、…あれ?俺のため?

「…なにじろじろ見てんですか」
「………いや、べつに…」
「俺カッコイイですか?(棒読み)」

(なんだこりゃ、まるで恋する乙女。良いおっさんが、笑い話だな)

「…ああ、カッコイイ。ま、俺の方がカッコイイけど」

 そう言って大人の余裕を見せてやろうとしたのに、ルークは至極真面目に「そうですね」なんて どこかの眼鏡と似たような反応を示すから、俺のペースは狂いっぱなしだ。 こんなのって一体、何年前かに揺れたそれ。そんなもん昔の話だ。
 だが実質5年間、ピオニーの頭の中は、小さなルークでいっぱいだった。

残念ながらずっとおぼえている


title/渦旋
アルテム・ザイコフ。