カルメンがいないと踊れないですよ、ルークが嫌そうに言うから、「ならば俺をカルメンに見立てるか?」と 提案してみた。あからさまに嫌と顔が言いながら、「…わかりました」とルークは呟く。踊れるのだろうか、5年も 前のホセ。 ピオニーは空間の真ん中にどんと仁王立ちし、ルークがその前に向かって立つ。ふっとルークがピオニーと 目を合わせて閉じる。瞼を閉じてストップ・モーション。彼の瞼の裏側にはカルメンがいるのか。ラジカセの リモコンのスイッチを押そうとした瞬間、「音楽、かけてください」と促された。リモコンから電波が発し、 ガチャリとカセットテープが鳴き、スピーカーが歌い出す。目の前の少年が、今から、ホセになる。 彼の緑色の目が見えた時には、20歳171センチのちまいルークはそこに居ない。カルメンに恋をした 哀れな男、ホセだった。 視線があでやかだった。周りを舞うだけの踊りで、決して触れてこない。しかし手の動きは肌をなぞるような 感覚。後ろに回られても背中が存在を意識して堪らない。纏う煙草の香りすら、ホセのキーアイテムの一つにも 思えてきた。軽やかにそれでいてしっとりとステップが踏まれる。「…エロい」言ってやると、ホセが少し笑った気がした。 それすらも何かの手段だ。唇が開き、何かを言いかけるように動き、止まる。やばい。格好良い。こいつは、天才だ。 これ以上は、やばい。…何がだ… 「…俺 頭おかしいかも」 「……あ?」 頭が先におかしくなったのはルークだった。曲がまだ続く中で「カルメンじゃなくてピオニーさんに 見える」と呟いた。当たり前の事だが、ルークはまだホセのままだった。 |