モダンバレエの天才がどうして自分みたいなジャズダンサーを、わざわざ早朝に電話をかけて呼び寄せて 蕎麦をおごって、結局オーディションも何事もなくスルー。三日後に呼び出されて開口、「モダンを踊ってくれ」 ピオニーがあまりにもにこにこと嬉しそうに言うが、ルークは。 「辞めます」 「早っ!」 「バカにしてんのか、あんた。俺はジャズダンサーだ」 「だってお前、下手なんだもん」 「はぁ!?」 ふざけんな帰る、と言おうとしたが、ピオニーがなんだか傷ついたウサギのような目をしたものだから、 更に叫び立てる事ができなくなって黙ってしまった。「まあ、座ってくれよ」とピオニーが後ろの椅子の方に 視線を伸ばし、ルークはまた不機嫌のままに腰掛けた。 「知ってるぞ、お前の兄貴、モダンすっげぇうまいよな」 「そうっすね」 「なあ、何を知ってるかって、兄貴よりもお前の方がうまいってのを知ってるんだ」 「…それはそれは」 「観たことあるんだ。お前は天才だよ。俺なんかよりもずっと」 モダンの、な。 今度のこれは口に出して言った。ピオニーはピオニーでぬけぬけと「そうだ」と言う。 嫌になって溜息が出た。その溜息は諦めの溜息と取ったらしく、ピオニーがまた嬉しそうに 「ラ・シルフィードを踊ってくれ、お前の初舞台だ」ミュージカルじゃないじゃん…このおっさん、どこまで ブラフなんだ。 「…ピオニー・ウパラ・マルクトは」 「ん?」 「もっと高潔で、気高くて、近寄りがたくて」 「うむ」 「美しい人だと思っていました」 「ふーん」 ポケットから煙草を取り出して「吸っていいですか」と聞くと「感心しないな、青少年」と言いつつも灰皿を渡してくる。 ライターで火を点け、何も入ってないきれいな灰皿の上に白とか黒の灰がさらりと落ちる。ふう、と灰色の 息を吐く。 「でも、貴方は変だ」 「うわ」 「真っ赤な髪をした不良少年捕まえてそばおごるし、 オーディションで裏工作したようなもんだし、 ジャズダンサーにモダン踊らせるし」 「うーん…」 むしろ狙いはそれだったんだろうが。狡猾な男だ。しかも大抵ルークは兄ばかりに脚光が向き、 ルークはほとんどスポットライトを浴びない。モダンの天才は兄。自分はしがないジャズダンサー。それで 十分だのに、この男はそれを柔らかに切り開いて中身を取り出した。狡猾だ。嫌な男だ。 「…きれいな顔っすね」 「………はあ、そりゃどうも…」 何故か本音の方が出てしまい、悪態をつくことができなくなった。どうにもそのきれいで整った顔に 触れてみたい衝動に駆られる。大概、頭のおかしい話だ。 |