「私の今まではなんだったのでしょうねえ」


 一週間後には目の前にいる、歳が二倍ほどの男との縁談が決まる。 今まで、―20年ほど、一人の青年を愛して愛し続けて、でもそれをぶつ切ったのは自分自身だろう。 それは彼女もわかっている筈。

「…幸せな日々だったんじゃないか?ナタリア姫」
「ええ、そうですわね。そう言われれば勿論そうだと言えますわ」

 穏やかにふわりと笑うナタリアはひどくきれいな表情だった。女性らしい優雅な物腰だが、 芯の強い気丈なナタリア。全て通して非常にきれいなナタリアを、あの優しい青年から奪うのは多少心が 痛んだ。―あくまで、「多少」だった自分は、やはり割と冷たい人物なのだと心で自嘲した。返事をしない 自分を訝しんだか、ナタリアの大きな眼が自分の顔をのぞき込んでいた。

「俺の顔がそんなにかっこいいか?」
「まあ、よくもそんなに自信がありますことで。でもかっこいいですわよ」

 素直な女性の反応にくすりと笑うと「本当ですわ」と彼女も笑う。自分に色目を使わない女など初めてだ。 どうにもこの宮殿のメイドたちはピオニーに対して反応が黄色い。確かにそんな外見だから仕方ないけれど、 そのお陰でまともに好きになった女性があまりいない。過去に一人と今一人。目の前の彼女は 自分をちゃんと見る。だから好き、なんだけど。

 脳髄から生温い氷が伝っていくような感触がある。罪悪感?後悔?そんなようなものに近い何か。 同じ何かから作られたその眷属のような物質がただ洩れていく、酷い気分だ。目の前のきれいな女性を 国とか世間体とか世界とかの為にちっぽけな人から奪って自分は逃げていく、何から。 (…愛した人から?)

「…私のことなど愛さなくてよろしいのですよ」

 テーブルに放置してあったポットには温くなった湯が入りっぱなしの筈だ。それをナタリアが取って 茶を淹れる。薄くしか上がらない湯気が妙な気分だ。愛さなくていいと言う彼女にも愛する人がいる。 ―これは逃げだ。二人して何処かから逃げているのだ。国とか世間体とか世界とかの為に。 なんて美しくも豪勢な逃走理由だ。

「結婚が幸せだ、などという幸福論は時代遅れですもの」
「んん?そういうものか?女性は結婚願望が強いだろう」
「とは言いますけども、幸せというのはまた別にありますわよ」

 だからあの時以上の幸せなんて、今からではもう無理なのです。柔らかい彼女の手がカップの取っ手を自分の 方にむけて差し出した。「ぬるいですけどこれくらいが飲みやすいでしょう」そういうものだ。 ぬるい茶をゆっくりと飲むのが一番楽で。一口含んでみたら、何かおかしい気分になった。ゆっくりと 飲み込むと今度は疑問だ。


「………これは、紅茶か…?」
「煎茶ですわ」
「そ、そうか… …どうして煎茶でここまで個性的な味に…」
「文句を言わないで全部飲んでくださいまし」
「…無論だ。どんなものでも女性の作ったものを残さず食うのは」






殿方の義務



























なぜピオナタなのかというと、ジェイドの言った「ピオニー陛下がナタリアを妻に」っていう嘘(だよね)を本気にとって「なにそれ!?萌え!!」って本気で思ったんです…