転生先









 仇討ちをどうしてするのか、と訊かれれば、迷わず「逃げたいから」と答えるだろう、自分は。 追ってくる彼女の声から逃げたい。彼女が居なくなったこの世界から逃げたい。居なくなってしまって哀しくて、 逃げたい。 だからだ。
 もし預言で転生の先まで決まっているのなら残酷だ。何処にも逃げ場がない。 ずっと誰かとの輪廻(というのが合っているかはわからないけれど)が絡んで連なって行くのだろう。




 ふう、と息を吐き。考え出したら止まらなかったので、書類を運べと言われていたのだが、階段で自分で立ち往生した。 片足はひとつ上の段に乗っていて、端から見れば、どこかへ意識を飛ばしているのだろうかと言ったところだ。 あいにくと意識はちゃんとここにある。ちょっと階段を上るのが億劫なだけで。
 早く持っていかないと、持っていく相手は皇帝だし、持っていけって言った相手は眼鏡だしなぁ。そんな風にうっすらと 考えて、やっと動かさなかった方の足を上へ動かした。軽く階段を上がる自分を、まるで機械か何かのようだと 思った。(それも、別に傀儡だとか、そういう訳じゃない。何も思わないで階段を上れる事が、機械のようだと)






 足でノックをしても返事は無かった。仕方なしにそのまま入るが、案の定、部屋の主は花ならずブウサギに 囲まれて眠っていた。十分に幸せそうな顔で、きっと彼にとっては、花もブウサギも同じなのだと思う。むしろ、 花なんてブウサギのエサかも。

「…寝首をかけとでも言ってんのかね」

 わざと、数枚の書類を彼の顔に落としてみても、彼が起きる事は無い。ばさ、と音がして白い紙が彼の顔に。 まるでこれじゃ死んでるみたいだ。寝息が聞こえるから死んだようには見えないけど、どっちにしたって こんな事してたら眼鏡にメテオを降らされそうだ(なんだかんだ言ってジェイドはこのひとがすきだ)。
 寝首をかいて何をしようと言うんだ、自分は。「くだらない」呟いて何か意味のわからない事が書いてある紙を 摘み上げる。と、

「…あれ、陛下、起きてたんですか」
「…………随分と縁起でもないことをしてくれるな?」
「ああ、すいません」

 自分に悪意がなかった(と言い切るのは嘘だが)のであっけらかんと謝ると、 「俺が死んだら数万の人間が悲しむんだぞ」と言いながらもガイの持っている紙を取り上げ、今度は自分で被せた。 この行動はガイに対する思いやり。彼は瞬時に人への対応を選ぶことができる。

「被せるモンじゃないのはわかってるんだがなぁ。どうにもこの内容は…はぁ」
「何なんです?これ」
「未来への大望」
「はぁ、意味わかんないですよ」

 ひらりと紙を飛ばしてしまうと、ピオニーは上体を起こしてベッドに腰掛ける形になった。 臣下であるために座っていないガイに手招きする。「何ですか」「……そうだな、じゃあ膝に座れ」「………」 嫌だったので隣りに座った。

「結婚するらしい」
「へぇ、誰がですか」
「ジェイド」

 ぶふっ、 と何も口には無かったが吐き出してしまった。あいにく良い人に恵まれない、と自分で言っていたが、 やっとか。考えれば普通だ、30代もすぐ終わる。

「前会ったが…頭の良い銀髪美人だ。羨ましい限りだな…」
「…もしかしてあの人ですか?あの、淑やかだけどこう、っていうか」
「似たもの夫婦、か…」

 計らずしも二人同じに「はぁー…」と盛大に落胆。二人の子供が怖い。

「お前は結婚しないのか?」
「…俺ですか? なんでそういう事聞くんですか」

 何故なら、 するだろう、としか。言えないからだった。こちらに来てしまったからには、自分の家の復興をする しかない(むしろそれをしようとは思っているが)。ならば誰かと一緒になって、子を作り、家を。そうするために ここにいると言っても過言ではない、ような気もする。

 隣りに座っている彼もそうだ。一国の主。まさか彼の代で国を終わらせる訳にはいかない。そう言えばこの人は 「ピオニー九世」。次の十世を産む女性と巡り会わなければならないわけだ。


(なのにどうして)


 ちらりとそんな文章が頭によぎる。

 隣りにいるこの男は、自分を好きだと言う。(俺だってこの人がすきだ)
 だけど二人とも、死ぬまで一緒にいられないという事を知っている。(残酷だなぁ)


 昔の怒りを今少しだけ思い出して、全てをこの人に向けてしまえばいい。 今度はそんな恐ろしい考えが よぎる。 ああ まただ。 寧ろ最近は、なまじこの人と一緒にいる時間があるから、こんな事ばかりを考えるのだ。 恨みをぶつけるには程遠い人なのに、どうしてか。


「…陛下は… おれのこと、すきなんですよね」
「ん?」
「あれ?」

 意識がトリップして言動までトリップした。なんという発言だ、と一瞬にして思い起こしたものを穴に詰めたくなる。 羞恥よりも落胆に似た気持ちが勝った。溜息を吐いて項垂れると、ピオニーは。

「ああ、すきだぞ。だーいすきだ。ちゅうしてなめてなめてもらってぐちゃぐちゃにしてあんあん言わせたーい」

 ああ、意識までトリップさせるものではない。心底そう思った。なにいってんだこのひと、と唇だけで呟いた。 「愛の確認は終わったか」などと言ってくる。彼は本当に自分が好き(俺も本当にこのひとがすき)。 それこそキスして舐めさせて舐められて― それ程なのか、たったそれだけか。

 たった、それだけか。


「…じゃあ、それ、 俺に してくれますか」


 たったそれだけ。この人が本当に自分を好きならば、あんな馬鹿な考えをしないで済む、そう思ったのかも しれなかったが。それでも思っていたのは、たったそれだけか、 たったこれだけ。

「なにかんがえてんだ、ガイラルディア」
「さあ、あなたを殺す事とかを」
「そりゃあいいな、殺してくれよ。それにしたって脈絡がないな」

 まるで夕飯の献立でも言うかのような会話。彼は抱きたいという。彼は殺したいという。 まるで本当に愛憎という言葉。

 どうして彼を殺さなければならないんだ。殺すべきは他にごまんと居る。赤い髪のあいつらとか、 赤い眼のあいつとか、知ってて隠していたあの人とか、


「俺を選べばいい」


 どうして、と呟くと「俺は欲が張ってるんだ」。テレパシスト?何度も思った事があるが、…冗談じゃない、 そう思ったけど勿論それは届かない。

「じゃあ」

 貴方を選んで貴方を殺して、


「抱いて下さい」


 まるで機械。言われた命令を遂行。
 それでも貴方を殺してしまえば、転生先への道が出来るものなのか。











修正液を塗りたくったように全てが白く濁りぼくは呼吸ができなくなる、転生先